昭和47年夏の大水害から半世紀
写真の撮影場所:江津市桜江町田津 田津自治会集会所

 ← 集会所の壁に掲示されている昭和47年7月豪雨のときの水位

↓ 集会所全景
(赤の破線で囲んでいるところに掲示されている)
 

 昭和47年7月豪雨から今年(令和4年)でちょうど50年(半世紀)になります。 まだ、「地球温暖化」などという言葉など全く聞かれることのなかった当時に4年前(平成30年7月)の豪雨災害よりもさらに大きな災害があったことを思うと、地球温暖化が確実に進行している現在、そして近未来にかけて昭和47年の豪雨をはるかに超えるような超豪雨災害が発生することを覚悟しておかねばならないと思います。
 堤防は「地域再生」のキーワード、一日でも早く一年でも早く田津地区に堤防ができてほしいものです。
 


令和3年8月豪雨
道路も田畑も川になった日
↓令和3年8月14日午後6時53分撮影 自然館前の道路と田畑
 今年の夏も踏んだり蹴ったりの二ヶ月間だった。 7月中に梅雨明けして今年は水害がなかったと安心していたら、8月になって梅雨のような天気になり、特に8月14日は一日中大雨で、江ノ川の水位がどんどん上昇してこの日の夜に最高水位になった。
 今年のは幸い去年より水位が低く館の浸水は免れたが、もう数十センチ高かったら庭も床も浸かっていた。
 三年前や去年のように館の大事なものが浸かっては一大事と、この日の午後から低いところにある標本や電気機器などを高所や二階に持ち上げ、この日の夜は一晩中館内にいた。 館に泊まったのは久しぶりのことで、全然寝なかったので翌日は一日中頭がモウロウとしていた。

 ← 浸水スレスレ(自然館の隣の民家 8月14日午後6時50分撮影) 

 ある新聞社の新聞に、流域地区の堤防工事が遅れているのは、周辺にこれといった産業がないから、という記事が載っていた。 これを読んで筆者は大変腹が立った。
 要するに産業など無い社会的に価値の低い地域だから堤防などの膨大な費用のかかる工事など、するに値しないということであろうか。
 川越地区に限らず江ノ川流域に大きな産業が育たなかった大きな原因は、河川の氾濫被害といった天災が頻発する地域であったために道路・通信・公共施設などのインフラが以前から十分に整備されてこなかったことにある。

 もし、ちゃんと堤防ができて地域が水害から脅かされることのない時代が来れば、都会などへ出て行った多くの人達から再び郷土へ戻ろうというUターン者が出てくるにちがいない。 また、都会などから田舎暮らしを求めてIターン者も出てくるにちがいない。 そして、インフラ整備も進むにちがいない。
 まさに、堤防は「地域再生」のキーワードみたいなものである。

 この記事を書いた新聞社には以前から強い不信感を感じていた。 もしかして、ほうぼうの有力者と癒着して、こいつらに有利な記事ばっかり書いてるんじゃないかという気がしてならなかった。


令和2年7月豪雨・・・水害の状況あれこれ
(左下の写真は自然館入り口、その右側のスライド写真と二枚の写真は同町田津地区)
 7月13日の月曜日、この日も自分は2年前の水害で傷んだ館内の復興修理をしていた。  ところが、この日から降り出した雨で江の川の水位はどんどん上昇し、翌日の14日になってもさらに上昇を続けて、正午過ぎ頃には二年前のような大洪水になってしまった。sy  自分はまだ二年前の水害の復興修理も済んでないのに、また新たな水害の復興修理がダブってくるのか、、、と思うと何ともわけのわからぬ憤りがこみ上げてきた。
:右側二枚の写真とスライドショーの写真は、筆者の自宅のある桜江町田津地区で撮影したものです。 左側の写真は大貫地区にある自然館で撮影したものです。)

自然館の入り口付近に掲示した浸水時の最高水位 (上は平成30年7月の水位、下は令和2年7月の水位  館の住所は桜江町大貫地区)↓

スライドショーの間隔時間の調節
(0〜10秒):
 010秒

間隔時間:5秒 

no.1
自宅前(午前9時39分)
ご注意:
 インターネットの通信速度が遅いと最初は画像の切り替えがスムーズにいきませんが、スライドが一巡してからは順調に切り替えられるようになります。

  7月14日午前10時半撮影→

 右の写真は、旧JR田津駅付近にある筆者の親戚の家あたりを駅のホームから撮影したものです。 この付近は田津地区の下流側で標高が低いので、容易に家屋が水没してしまうようなところです。 このたびの水害を契機に、この家の方達は町内の別の地区へ移転されることになりました。

 ←7月14日午後1時53分撮影

 左の写真は、自宅近くにあるお寺の石段付近を撮影したものです。 水位がほぼ最高に達したころで、二年前の豪雨のときの最高水位よりも1メートルちょっと低かったですが、写真左側の家屋の背後に旧三江線の線路、さらに畑、さらに竹藪、江の川とありますが、江の川の氾濫で全部水面下に没してしまっています。
 ちゃんと堤防があれば、こんなことになることはまずない。 年々、住民の数は減っており、まんず、堤防工事などいつまで経っても始まらないにちがいない。 Sacrifice!といった感じか。


平成30年7月豪雨・・・自然館の状況
(江津市桜江町大貫 小さな自然館)
↓最高水位の跡が残っているガラス窓
↓泥が積もった自然館の庭
↓玄関を開けて思わず”唖然”
↓ムチャクチャになった展示室 ↓天体望遠鏡も泥水にどっぷり浸かった
↓暗室の光る石標本も泥を被ってしまった
↓簡易トイレがひっくり返ってしまった
↓収蔵庫 兼 物置もムチャクチャになった
↓工作所の工具もほとんど泥を被ってしまった
 とにかく4年前(平成30年7月)の水害で当館は致命的とも言えるような大損害を受けてしまった。 石は水に強いとはいえ、泥も被っているから細部まで泥を取り除くことは難しい。 前途多難であります。
 この水害以来、当館では標本のほとんどを展示から外したままで、現在は観察会や筆者自身の観察活動しか行っていません。
 今年の夏も水害を被るかもしれない、と思うとなかなか元気が出ない。
 


今年(令和4年)の夏も浸水するかもしれないが、手づくり足づくり!


←修理中の「光る石展示室」

浸水前の「光る石展示室」→

 4年前と2年前の水害による浸水で、当館の中はムチャクチャになってしまったが、へこたれずにコツコツ修理をやっている。 素人大工がやるわけだから、じっくり考えながらゆっくりやらなければできない。 まこと容易ではないが、当館は開設以来今日まで館内外の施設・設備も展示関係もすべて手作りでやっているので仕方ない。
 聞くところによると、今年の夏までに江ノ川の川床を掘削し深くして、水害時の川の水位上昇を抑えようという工事が行われるらしい。 はたして期待どおりになるのかどうか、ちょっと疑問ではあるが、まんず、これを信じて館内の修理と展示修復をコツコツやっていきたい。

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